●『第三十九話』
●『役所・午後七時』

『離婚直後』
  役所。
  裕太郎が一人で残って残業している。
  やがてやって来る智恵。
智恵「おつかれさま」
裕太郎「おう」
智恵「びっくりしたー、誰もいないと思ってた」
裕太郎「そっちこそ」
智恵「なにしてんの?」
裕太郎「仕事だよ・・そっちは?」
智恵「宴会」
裕太郎「えっ、宴会? なにそれ?」
智恵「上の会議室でビール飲んでたの」
裕太郎「えっ! ビール?」
智恵「うん、お歳暮のもらい物を一本づつ・・え、来ればよかったのに」
裕太郎「いや、だって、仕事残ってるからさあ」
智恵「え・・ピンチ?」
裕太郎「でもないけど」
智恵「なんか飲む? コーヒーとか」
裕太郎「煎れてくれんの?」
智恵「うん・・お茶汲みだからさ・・私」
裕太郎「ん・・コーヒーか・・ん・・・いいや」
智恵「え? いいの?」
裕太郎「うん、いいや、ありがとう」
智恵「なんで終わんないの? 明日にすればいいじゃない」
裕太郎「そうなんだけどね」
智恵「明日は明日で陽が昇るんだからさ・・」
裕太郎「いや・・昼間さあ、二時間ほど抜けちゃったからさあ・・」
智恵「え、なんで?」
裕太郎「ん・・ちょっと地元の役所行って来たから・・」
智恵「区役所? なにしに?」
裕太郎「離婚しに」
智恵「えっ!」
裕太郎「さっき、離婚したんだ」
智恵「離婚って・・離婚?」
裕太郎「結婚の反対の離婚」
智恵「うそーっ!」
裕太郎「いや、ホント、ホント・・バツイチ」
智恵「へえ、マジでぇ?」
裕太郎「なんか変わった? 俺」
智恵「なにも」
裕太郎「だよね」
智恵「へえー・・・」
裕太郎「そういうことになりましたってね・・」
  と、仕事に戻る裕太郎。
智恵「え? どういうこと?」
裕太郎「だから・・出してきたの、ハンコ押して・・知らないと思うけど、緑のラインのこんな紙があって、それを出すと、離婚が受理されるの」
智恵「へえ・・・勉強になる・・」
裕太郎「いつか役に立つといいね・・こういう知識が・・そんなこと言っちゃいけないな」
智恵「え? (小声で)ホントに?」
裕太郎「(も声をひそめて)ホント」
智恵「(覗き込んでいる)・・・」
裕太郎「(再び小声で)ホント、ホント」
智恵「ほんとに離婚したんだ」
裕太郎「うん」
智恵「ああ、そう」
裕太郎「そうよ」
智恵「今、一人?」
裕太郎「そうだね、一人、そうだよ・・もう、俺は一人。一人で一人暮らし。一人暮らしの独り者」
智恵「今、奥さんは?」
裕太郎「実家」
智恵「いつ? いつから?」
裕太郎「去年の夏だから・・半年くらい前かな」
智恵「そんなに? そんな前から?」
裕太郎「そう」
智恵「そんなに前から、奥さんいなかったんだ」
裕太郎「いや、厳密に言うと、半年前から奥さんはいたんだけど、一人暮らしが始まった。まあ、別居ってやつだね」
智恵「別居・・別居してたんだ」
裕太郎「そうね」
智恵「全然、わかんなかった」
裕太郎「極力、わからないようにしてたからね」
智恵「なんで?」
裕太郎「なんでって・・そんなの人様にわかられてたまるかってのがあるじゃない」
智恵「あ、そう・・そういうものなんだ・・ああ、でも、半年前くらいから、なんかちがうなって」
裕太郎「え? わかった?」
智恵「言われればよ、言われれば、ね。そういうものじゃない。そうやって言われれば、なにもかもそう見えてくるものじゃない」
裕太郎「やめてよ、隠してたんだから、一応」
智恵「今、言われれば思うね」
裕太郎「ホントにそんなこと思ってた?」
智恵「いや、私、チェック魔だからさ」
裕太郎「チェック魔だよね」
智恵「見てるよ、ちゃんと・・あ、そう、あーそうか、そういうことか・・」
裕太郎「どういうことなんだよ」
智恵「いや、私の中のジグソーパズルの最後のピースが今、はまったのよ・・」
裕太郎「うそつけ」
智恵「ああ、そう・・ん・・それは、なに、あれ? なにかあったの? 決定的なさ・・なにかが」
裕太郎「ん・・決定的な・・ねえ・・決定的・・なにが、決定だったんだろうかなあ」
智恵「大ゲンカとか」
裕太郎「(即座に)ああ、そういうんじゃない。そういうことではないね」
智恵「そういうんじゃないんだ」
裕太郎「あのね・・大ゲンカですぐ離婚ってことは、実際、あんまないんじゃないかな」
智恵「そうなの? 実家に帰らせていただきます! とか」
裕太郎「ないね」
智恵「ないの?」
裕太郎「そんなに瞬時になにもかもが解決するなら誰も苦労はしないね」
智恵「ああ、そう」
裕太郎「時間も金も労力もかかるのよ。それはそれは想像を絶するくらいにね。そういうドンパチじゃないんだなあ」
智恵「じゃあ、そういうちっちゃいことが積み重なっていって・・」
裕太郎「積み重ねですよ」
智恵「ああ・・そういうことのね」
裕太郎「積み重ね。負の積み重ね。倒れるために積んでいく・・倒れることがわかっているのに、さらに上に積んでいく・・」
智恵「例えばなに? ご飯の時、お箸の持ち方が気に入らないとかさ・・よく言うじゃない」
裕太郎「あのね、お箸の持ち方なら、言えば直るじゃない。直してって言えば直るの。そんな表面のことはね」
智恵「表面のことなんだ、お箸の持ち方は」
裕太郎「表面、表面、皮膜みたいなもの。お箸は直るよ。でも、食い方ってのはさ、その人の本質だったりするわけじゃない」
智恵「食べ方が?」
裕太郎「本質、本質の一端だったりするとね。それ気にくわないから直して、って言っても、なにが気にくわないのかわからないんだよ。だってさ、気にくわないのは食べ方っていうよりも、本質なんだから」
智恵「あいたたた・・」
裕太郎「っていうようなことを二年」
智恵「君の本質が気にくわないって?」
裕太郎「そうそう」
智恵「・・言ったの?」
裕太郎「ときどき言って、直らなかったりして、ケンカして、わかってもらえなくて、やっぱり理解されないのか・・って思ったりする・・」
智恵「それが二年」
裕太郎「そう」
智恵「つらー」
裕太郎「でも、ほら、ちょっとわかりあえないからって、即別れましょうってわけにはいかないじゃない。やっぱり、自分としては最大限の努力をしないとって思ったからさ」
智恵「ああ、じゃあ、もう奥さんと死力をつくして戦って」
裕太郎「この離婚に悔いはないね」
智恵「そういうもんか」
裕太郎「真っ白・・になってた、去年の夏頃は・・」
智恵「うそ、真っ黒だったじゃない。近所の市営プール通ってたって」
裕太郎「外見のことじゃないの、中身の話なの。あの頃は、そういう心の傷をいやしに、プールでやみくもにバタフライ」
智恵「そうだったんだ。無駄に健康的だなっていう印象だったのは、そういうことだったのね」
裕太郎「俺の人生の中で、まあ、いろんな意味で一番熱い夏だったねえ」
智恵「もう結婚はこりごり?」
裕太郎「いいや・・」
智恵「え? なに、まだ? っていうかまた?」
裕太郎「だってこりごりなんて俺、一言も言ってないよ」
智恵「また結婚するの? するつもりなの?」
裕太郎「もちろん」
智恵「え?」
裕太郎「そりゃそうでしょう。なに、これでもう俺はリタイアしちゃうわけ? そんなわけないでしょう」
智恵「いや・・じゃあ、また神様に誓ったりするの?」
裕太郎「誓うね」
智恵「永遠の愛を」
裕太郎「そう」
智恵「また?」
裕太郎「そんなの何回誓ったっていいじゃない」
智恵「永遠の愛だよ」
裕太郎「永遠の愛は一回って決まってるの?」
智恵「それは・・それ、なんかおかしくない? え? 永遠の愛でしょ」
裕太郎「永遠の愛を何度でも誓う」
智恵「え? ええっ?」
裕太郎「しかも、毎回本気だよ」
智恵「それはそうだろうけどさあ・・え? 今は、誰か好きな人いるの?」
裕太郎「今はいない・・それどころじゃなかったから」
智恵「だよねえ」
裕太郎「でもね、俺の前に現れたら、誓う」
智恵「誓っちゃうんだ」
裕太郎「誓う」
智恵「なんで、なんでまた結婚しようと思うの? もうこりごりって感じじゃないの? もう、戦い終わった・・って感じでしょう」
裕太郎「結婚も恋愛ももうしないって決めるのはおろかでしょう。わかる、恋愛ってさ、恋ってさ、するものじゃないんだよ。恋ってのはね、落ちるものなんだよ。そんなの自分でもういい、って思ってても、落ちるときは落ちるんだから。ドブに落ちたくて落ちる人はいないでしょ。雷に打たれたい人がいる?」
智恵「いない」
裕太郎「でも、雷は落ちるじゃない」
智恵「あ、そうか。そうねえ」
裕太郎「そりゃ明日、明後日にとかって話じゃないよ。でも、諦めるとかは自分からは絶対に言わないよ。そんなの」
智恵「そうか」
裕太郎「俺は今回のことでなにかを断念はしないよ」
智恵「また戦うかもしれないよ」
裕太郎「そこなんだよね」
智恵「戦って、泳いで」
裕太郎「そこはさ、いくらなんでも学習したいなって思ってるからさ。一回こういう良い経験をね、させていただいたわけだからさ」
智恵「させていただいた」
裕太郎「そう、させていただいたわけだからさ。今回のね」
智恵「戦いの果ての悔いのない離婚」
裕太郎「今度は、悔いのない結婚がね、したいわけさ」
智恵「悔いのない結婚?」
裕太郎「同じ轍は踏みたくないからね」
智恵「どんな人がいいの?」
裕太郎「どんな人? それは決まってるじゃない」
智恵「なに?」
裕太郎「運命の人」
智恵「なんだよ、それ」
裕太郎「結婚に踏み切る前にね、もうちょっと相手を見るべきだったんだよね。いや、見たよ、見たんだけど」
智恵「見方が足りなかったの?」
裕太郎「そうね」
智恵「それさあ、チェック魔として教えて欲しいんだけど、どういう点をチェックしていけばいいの?」
裕太郎「俺の方が聞きたいよ、チェック魔さんに」
智恵「どこをどう?・・」
裕太郎「恋愛してる時ってさあ、恋は盲目だからさあ、いいなあ、すごくいいな、好きだなあ、大好きだなあって思うわけじゃない」
智恵「その時はね」
裕太郎「ね、チェックするの? 恋しながら」
智恵「いや・・できないね」
裕太郎「そうでしょ、そうだよねえ。チェック魔でもそうだよね」
智恵「そう・・見えなくなるね」
裕太郎「あとで思うんでしょ、あたしとしたことが!」
智恵「もうその最中はね、私の中のものさしまでもとろけちゃうからね」
裕太郎「だよねえ」
智恵「あたしもうチェック魔失格って感じ」
裕太郎「恋の虜になっちゃうんだ」
智恵「なる、なる」
裕太郎「そこなんだよな。俺もね、こう見えてもねえ、一回恋に落ちてしまうと、大変なことになってしまうのね」
智恵「そうなの?」
裕太郎「そうなの。大変なの」
智恵「少し冷静にならなきゃってことだよね」
裕太郎「でもさあ、冷静になったらさあ、恋なんかしないよね」
智恵「つきあわないよ、たぶん」
裕太郎「だよね、そうだよね。そんな恋愛、くそおもしろくもないよね」
智恵「くそおもしろくもないよ」
裕太郎「見境がなくなるから恋愛なんだよね」
智恵「そうだよ」
裕太郎「よく言うじゃない、友達感覚の恋愛とかさあ、俺にはね、ありえない」
智恵「ないんだ」
裕太郎「恋はね、狂わないと」
智恵「それはあれだね」
裕太郎「なに?」
智恵「また失敗するね」
裕太郎「大きなお世話だ」
智恵「じゃあさあ、これからなにがしたいの? どうしようと思ってるの?」
裕太郎「なにがしたい?」
智恵「だって、もう自由の身なんだからさ」
裕太郎「ああ、ねえ」
智恵「自由なのよ、自由」
裕太郎「自由って、君だって自由じゃない」
智恵「自由だけど、ほら、違うじゃない、自由の、なに、受け止め方っていうのがさ」
裕太郎「同じだよ」
智恵「違うわよ。一度さ、結婚というね、共同生活を体験して、今、再び独り身という自由を手にするっていうのはさ」
裕太郎「ああ、そうねえ」
智恵「ありがたさが違うでしょう」
裕太郎「違うかもねえ」
智恵「違うわよ」
裕太郎「かもしれないねえ」
智恵「その自由を手にした裕太郎君は、なにをするの?」
裕太郎「なんも考えてなかったな・・戦いに疲れきってた、だけだったからねえ・・(と、言われて真剣に考え始める)自由、自由なんだから、もういいんだよな」
智恵「そう、もういいのよ」
裕太郎「もうね、結婚生活とか奥さんとかに縛られてはいないんだから」
智恵「そうそう」
裕太郎「って思ったところでなんも思いつかないな」
智恵「なんかあるでしょ、旅したいとかさ」
裕太郎「ハワイ?」
智恵「ハワイ?」
裕太郎「いいねえ、ハワイ。ビーチでビール」
智恵「ああ、それはねえ(いいよね)」
裕太郎「一人でハワイ。こんがり表焼いて、裏焼いて・・」
智恵「市営プールではなくて」
裕太郎「ハワイ」
智恵「真っ黒くろすけだ」
裕太郎「表焼いて、裏焼いて・・また表焼いて」
智恵「いいんじゃないの」
裕太郎「ああ、でも、混むんじゃないの? ハワイとかってさあ。シーズンはねえ、ちょっと高くなっちゃうし」
智恵「別にシーズンじゃなくてもいいじゃない」
裕太郎「え?」
智恵「有休使っちゃえばいいんじゃないの? もう有休は全部自分のために使えるんでしょ」
裕太郎「(グッドアイディア)そうだよ、そうだよね。もう有休は全部自分のために使っていいんだよね」
智恵「そうだよ、それでシーズンオフにハワイ」
裕太郎「ああ・・そうか・・そんな発想すらもう、俺にはなかったよ」
智恵「有休全部使って二週間くらい行ってくればいいのに」
裕太郎「二週間・・二週間の旅行か。行こうと思えば、もう行けるんだよな」
智恵「もう、なんでもできるんだから」
裕太郎「だよねえ・・家庭がある身ではね、そんなプラプラプラプラできないもの」
智恵「でも、もう家庭ないんだから」
裕太郎「そうだよ、行っちゃおうかな」
智恵「それで二週間ハワイで・・」
裕太郎「表焼いたり、裏焼いたり」
智恵「それつらくない?」
裕太郎「うーん・・もともとほら、俺、そういうリゾートとか行くと、なにしていいかわからなくなる人だからさ。ちょっと待って、ちょっと待って・・二週間もあるんだったらさ・・待って、ハワイやめる」
智恵「ハワイじゃなかったら、どこ行くの?」
裕太郎「京都」
智恵「京都?」
裕太郎「か、奈良」
智恵「京都か奈良?」
裕太郎「もしくはどっちも」
智恵「なにしに? 京都と奈良に?」
裕太郎「いや、俺ねえ、ほんとのこと言うとね。お寺さんとか、好きなのね」
智恵「ああ、そうなんだ」
裕太郎「大好きなのね」
智恵「へえ・・・」
裕太郎「神社仏閣に目がないの」
智恵「なにが楽しいの?」
裕太郎「楽しいよ」
智恵「神社仏閣が?」
裕太郎「そうだよ。結婚する前は、年に三回とか四回とか、金貯めちゃ行ってたんだよ」
智恵「京都、奈良?」
裕太郎「一回ねえ、奥さんと行ったのよ、京都に」
智恵「そしたら、奥さん何て言ったの?」
裕太郎「なにが楽しいの?」
智恵「あ、やっぱりそう思うよ」
裕太郎「全然ダメなんだよ」
智恵「普通興味ないもの」
裕太郎「興味ないっていうか、ダメだったね」
智恵「え、なにがおもしろいの?」
裕太郎「お寺を巡る」
智恵「お寺巡ってどうするの?」
裕太郎「見るべき物は多いよ」
智恵「全然、わからない」
裕太郎「その見るべき物の中でも、やはり仏像ね」
智恵「わからん」
裕太郎「宗派によっては庭」
智恵「わからん」
裕太郎「でも、やっぱり仏像だね」
智恵「なにがいいの?」
裕太郎「難しいことを聞くね」
智恵「え? 私、今、そんなに難しいことを聞いたつもりはないんだけど」
裕太郎「仏像は美術品でもあり、偶像でもあるのね、それが何千年もここに安置され、多くの人々に崇拝されてきたのかと思うとねえ」
智恵「思うと、なに?」
裕太郎「なごむ」
智恵「・・わからん」
裕太郎「そこに二週間」
智恵「有休をとって」
裕太郎「いやあ、二週間もあったら主な見所は全部まわれるね」
智恵「主な見所ってなに? まあ聞いてもどうせわかんないんだけどさあ」
裕太郎「言ってもどうせわかんないんだろうけど、あのね」
智恵「あ、言うんだ」
裕太郎「聞かれたからね・・二週間もあればだよ・・奈良だったら南都七大寺。」
智恵「なんとしちだいじ? 」
裕太郎「京都だったらねえ」
智恵「金閣寺」
裕太郎「って素人は思うんだよね」
智恵「悪かったね、素人で」
裕太郎「金閣、銀閣、清水は素人」
智恵「まあ、修学旅行でまわるもんね」
裕太郎「やっぱり大原ね」
智恵「大原」
裕太郎「京都大原三千院って歌あるでしょ」
智恵「知らん」
裕太郎「あんたほんとに日本人か」
智恵「そだよ」
裕太郎「大原にはね、行かなきゃいけない」
智恵「行けばいいじゃん」
裕太郎「そうだよなあ。大原、嵐山、桂離宮、比叡山」
智恵「行けばいいじゃん」
裕太郎「もう行けるんだよな」
智恵「自由なんだから」
裕太郎「そうか、そうなんだよな・・」
智恵「しょっちゅう修学旅行してればいいじゃん」
裕太郎「なんだよ、修学旅行って」
智恵「いや、なんか修学旅行の日程を聞いているような気がしてさ、さっきから」
裕太郎「いや、そんなね、わけもわからず市中引き回しみたいに京都、奈良をまわって、根性って彫ってある木刀買って帰るやつらと、一緒にはしないで欲しいね」
智恵「そんなに好きなの」
裕太郎「好きだって言ってるでしょう」
智恵「だったら、住んじゃえば?」
裕太郎「住む? 京都に?」
智恵「だって奥さんのために公務員になったって言ってたじゃない」
裕太郎「そうなんだけどね」
智恵「将来が安定してるからってことだったんでしょ」
裕太郎「そうなんだけどね」
智恵「でも、もう公務員やる、なに、必然っていうの? それがさ」
裕太郎「ないよね」
智恵「ないでしょ」
裕太郎「ないわ」
智恵「ね」
裕太郎「そうか・・俺、なんでここで仕事してるんだろうね」
智恵「習慣って怖いよね。離婚届出して、ついでに退職届も出して、京都に行っちゃえばよかったのに」
裕太郎「大胆なこと言うねえ」
智恵「だってそうでしょ」
裕太郎「そうだよ、そうなんだけどね」
智恵「やりたいの? この仕事」
裕太郎「やりたくもなんともないよ」
智恵「いいじゃん」
裕太郎「ああ・・そうか、いいのか、こんなことやんなくて」
智恵「いいのよ」
裕太郎「そうだよね・・」
智恵「だって裕太郎君じゃなくてもできる仕事なんだからさ。代わりなんかいくらでもいるよ」
裕太郎「なんで仕事してるんだよ、俺。残業してまでさあ」
智恵「なんか悲しい話だよね」
裕太郎「なにが?」
智恵「だってせっかく自由になったのにさ、またこうやって檻の中に戻ってきてるっていう」
裕太郎「うわ! うわ! そうだよね、そうだよね」
智恵「京都でセカンドライフ」
裕太郎「セカンドライフ? 早いね。思わぬ時にやってくるねえ」
智恵「え? 離婚してさ、どうするとか、ほんとに考えてなかったんだね」
裕太郎「いや、ゆっくり考えようって思ってたけど」
智恵「こうやって残業しながら」
裕太郎「いや、いやいや・・」
智恵「わからん」
裕太郎「なにが?」
智恵「せっかくの自由を・・」
裕太郎「ん・・」
智恵「ビール取ってきてあげようか」
裕太郎「ん・・」
智恵「乾杯しようよ、裕太郎君の自由に」
裕太郎「あ、ああ・・」
智恵「・・どうしたの」
裕太郎「あ、いや」
智恵「どうしたの?」
裕太郎「なにしてもいいんだよな」
智恵「そうだよ。さっきから言ってるじゃない」
裕太郎「なにしてもいい・・なにすりゃいいんだろ」
智恵「京都に住むんでしょ」
裕太郎「うん・・」
智恵「仏像に囲まれて暮らせるじゃない」
裕太郎「うん・・」
智恵「いいじゃない」
裕太郎「それは夢だけどさあ・・」
智恵「うん」
裕太郎「他にも俺、夢ってあった気がするなあ」
智恵「他にも?」
裕太郎「うん・・なんか、やりたいことって、もっといっぱいあったような気がする」
智恵「ビール、飲むでしょ」
裕太郎「うん・・飲みたい」
智恵「取ってくるよ」
裕太郎「うん・・(と、一人頭を抱え)なんかもっと、あった気がする」
  智恵、去る。
  裕太郎が一人・・・
  暗転。

●各話タイトル『離婚直後』

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