●『第八十八話』
●『野口小学校体育館』

『体育館に泊まろう』
  暗転中にハンドマイクでの吉久の声。
吉久「えー、えー、あー、あー、五年二組の担任の吉久です。本日はお忙しい中、野口小学校主催の特別行事『体育館に泊まろう』に数多くの生徒、ならびに父兄に御参加いただき誠にありがとうございます」
  明転。
  舞台の上手端が体育館のステージの端。
  そこに立ってハンドマイクを構えている吉久先生。
吉久「明日の午後四時までの二十四時間、よろしくお願いいたします。えー、お手元のパンフレットにありますとおり消灯は午後9時。トイレはステージのこちらの端と、外に仮設のトイレを用意してあります。あと、ご質問等がございましたら、お近くにおります、青い腕章をした先生にお聞き下さい。それでは、よろしくお願いします」
  吉久、体育館を一度見回すようにして、特に質問がないかを確認した後で、ステージの脇にハンドマイクを置く。
 その端の横に段ボールなどで区切られた一つのブースのような部屋がある。
  そこの中で正座してCDウオークマンを聞いているアトム。
  吉久、階段を下り、アトムのいるブースに入ってくる。
吉久「さ、始まり始まり・・」
  アトム、吉久の姿を見ると慌ててウオークマンをはずす。
アトム「なんか言いました?」
吉久「始まったぞ・・アトム」
アトム「それで、なにするんですか?」
吉久「なにもしない」
アトム「なんかしないんですか?」
吉久「なんにも?」
アトム「本当に?」
吉久「本当に」
アトム「ただ、みんなで体育館に泊まるだけなんですか?」
吉久「そう・・だって、そう言ったろ」
アトム「そんな、先生の言うおいしい話なんて信じるわけないじゃないですか」
吉久「おまえ、自分が今、誰に向かってなに言ってるのかわかってんのか?」
アトム「あ、そう、そうなんだ・・てっきり、じゃあ、せっかくみんながいるから・・とか言って、無理矢理やりたくもねーことやらされるのかと覚悟してましたよ」
吉久「用心深い性格なんだなあ、アトムは」
アトム「いや、そんなことないですよ、人をあんまり信じてないっていうか・・そうか、なにもしなくていいのか」
吉久「なにもしなくてもいいし、なにをしてもいいよ」
アトム「それって・・でも、なんか意味あるんですか?」
吉久「意味、あるよ、体育館に泊まるってことが重要・・」
アトム「そうなんだ・・・まあ、いいや・・」
吉久「CD聞いてろよ」
アトム「あ、いや、誰か人が側にいる時はCDとかゲームをやっちゃいけないんですよ、家は」
吉久「どうして?」
アトム「人が側にいる時は、その人となるべく話をしなさいって・・どんなくだらないことでもいいから話て、間を持たせられるような大人になりなさいって」
吉久「へえ・・変わったこと言うお父さんとお母さんだね」
アトム「まあ、あのお父さんですから」
吉久「うん・・それはまあ、ねえ・・」
アトム「でも、お父さんもお母さんも是非体育館に泊まりたいって言ってたんですけど、妹が生まれたばっかりだし、お父さんは夜の仕事なんで・・」
吉久「いいよ、アトムは先生と泊まればいいんだから・・」
アトム「こんなにみんな家族で参加するとは思わなかったなあ・・ほとんど全員参加みたいなもんですよ」
吉久「先生もね、言いだした手前、誰も参加してくれなかったら、どうしようかと思ってたんだよ・・校長先生やら学年主任の先生達に無理言ってやらしてもらって・・」
アトム「これ、先生がやろうって言ったの?」
吉久「そうだよ・・」
アトム「どうして?」
吉久「だって、泊まったことないだろ?」
アトム「生まれて初めて」
吉久「アトムだけじゃないよ、みんな初めてだ・・」
アトム「先生も?」
吉久「ん・・いや、先生は初めてじゃないよ・・アトム、おまえなに持ってきたんだよ」
アトム「あ、ダメ、ダメです、ダメですってば・・持ち物検査反対!」
  と、鞄の中を覗く。
吉久「お、えらい本格的だなあ」
アトム「だって、防災グッズを持ってくるようにって・・これはね、5年保存可能なエマージェンシーウォーターなんです」
吉久「エマージェンシーウオーター?」
アトム「非常用の水」
吉久「非常用の水なら、非常用の水でいいんじゃないの?」
アトム「違うんですよ、エマージェンシーウオーターなんです・・かっこいいでしょ、エマージェンシーウオーター」
吉久「かっこいいのか? それは?」
アトム「それと非常用保存食、水のいらないシャンプー。エアー枕、救急箱、ホイッスル」
吉久「ホイッスルはなにに使うの?」
アトム「いや、そんなこと僕に聞かれても・・防災グッズのコーナーにあったから・・
吉久「そうか・・」
アトム「先生が体育館に泊まるからなるべく防災グッズを持ってきてくださいって言わなかったら、買うことなかったもんばっかだ・・だいたい、なに買っていいかわかんないもん。どれくらい保存食を持っていればいいのかとか、水はどれくらいいるのかとか・・」
吉久「・・本当にこれが役に立つのか・・だいたい、どんな災害が、いつくるのか・・なにもかもわからないから、わからないまま、手つかずになっちゃうもんだからね・・」
吉久「こっちの袋は?」
アトム「お菓子・・」
吉久「お菓子、こんなに?」
アトム「僕の体の八十パーセントはお菓子でできてますから」
吉久「後の二十パーセントは?」
アトム「水ですよ、水」
  と、アトム、天井を仰ぎ見た。
アトム「天井、高い・・」
吉久「・・やっぱ、寒いな」
アトム「さみーよ」
吉久「毛布とか持ってこなかったの?」
アトム「失敗しました」
吉久「シャツとかいっぱい持ってきたんだろう・・重ね着すればあったかいよ・・」
アトム「まあ、まだそんなでもないから(大丈夫)・・なんか、あれだね」
吉久「うん?」
アトム「なんか・・温かい物、飲みたいな」
吉久「温かい物?」
アトム「コーヒーとかさ」
吉久「おまえ、小学生がコーヒーなんか飲んだら眠れなくなるぞ」
  と、吉久、自分のバックパックから小さな魔法瓶を取り出した。
アトム「あ、もしかして珈琲?」
吉久「みそ汁」
アトム「え?」
吉久「みそ汁」
アトム「みそ汁? 魔法瓶に?」
吉久「ちょっと、飲む?」
アトム「みそ汁を?」
吉久「そだよ」
  と、吉久、アトムの返事を待たずにみそ汁を魔法瓶の蓋に注ぎ始める。
  そして、アトムに渡す。
吉久「ほら・・」
  アトム、受け取って口をつける。
アトム「温かい・・」
吉久「こういう時はね・・温かい物がいいんだよ、特にみそ汁がいいんだ」
アトム「んまい・・」
吉久「・・先生はね」
アトム「・・・うん」
吉久「・・十年前・・神戸にいたんだ」
アトム「十年前? 神戸?」
吉久「・・・だから、知ってるんだ・・みそ汁が・・いいんだ・・温かいみそ汁が・・いいんだよ、こういう時は」
アトム「十年前の神戸って・・なに?」
吉久「十年前、先生はまだ学生で、一月十七日の朝、深夜喫茶にいたんだ。どかーんと音がして、跳ね上げられて、そのあと前後に一メートル以上揺すられて・・それがずっと続いたんだ。あまりにも長く続いて、これは地震なんだろうけど、こんなに続く、これは本当に地震なのか、爆発でもない・・地震とも思えない。揺れている間、なんだこれは・・って会話ができるくらい長かった。店の物がバリバリと壊れていって、隣の女の人はテーブルの下に入ったけど、机の下に入ったって、そんななんじゃどうしようもない。自分が飲んでたミルクティーを頭からかぶってびちゃびちゃになって・・揺れが収まって、店の人に出て下さいっていわれて・・駅に行ったら、駅は真っ暗で、切符売り場の前の床が抜けて、下の配管が見えるんだ。行く先を示す電光掲示板が真っ暗で、改札の前にみんな座っていて、その座っている人がみるみる増えていって、人が溢れてきて、「電車が動きません」「電車が動きません」って駅員さんが一生懸命怒鳴っているんだけど、その声も後ろまでは届かない」
アトム「なんで・・なんでみんな座ってたの?」
吉久「すぐに電車は走るだろうって思ってたんだ、二時間か三時間で・・誰も想像つかない・・家に電話をしたら、兄貴が出て三宮が潰れているぞって、いわれて・・でも、三宮が潰れているっていわれても、その時は、なんのことかわからなかった。紀伊国屋の前に大きなスクリーンがあるんだけど、そこならなにか映ってるんじゃないかって見に行ったら、、大きなコアラしか映っていない。それで、そこから一番近い友達の家に行って、テレビを見た。そこで初めて、あの光景を見たんだ」
吉久「学生の頃とかって、みんな一度、思うんだ、この世界が一瞬にして壊れてしまったらどうなるだろう・・って。そんな事を妄想するんだ。でも、先生は、その妄想を目の当たりにしたんだ。助けようにも助けるって、なにをしたらいいのかわからない。もっと自分が人の役に立つことができたら、もっとなにかできたんじゃないかって思った。人の役に立つこと・・・そういう仕事をしようとその時思った」
アトム「それで・・先生は先生になったの?」
吉久「まあ、そう・・・かな」
吉久「空が灰色で粉塵が舞っていて、真っ黒で・・・なにをしなきゃっていうことが見つからない・・食べ物を持っている人はただで配って・・・やがて、いたるところにブルーシートのテントが立ちはじめて、今までの道が歩けなくて、知っている街なんだけど、自分がどこにいるのかわからなくなるんだよ。ビルを解体するために、ブルーシートを張ると、こっちのビルもブルーシート、あっちのビルもブルーシート、遙か向こうまでずっとブルーシートのブロックが続いてていて、迷路の中を歩いているような気がしてくるんだ」
吉久「消防署が倒壊してしまったから、近くの小学校の校庭にプレハブの簡易消防署ができた。小学校の校庭に消防車が並んでるんだよ。空いている教室で人が暮らしていて、学校の水道でおばさんが洗濯してた」
吉久「はい・・アトムの番だよ」
アトム「え? なに、僕の番って」
吉久「今度はアトムが話す番」
アトム「お、おお・・」
吉久「なにか話をして間を持たせるような大人になりなさいって言われてるんだろ」
アトム「ん・・・」
吉久「ほら、アトムの番だよ」
アトム「あ、いや、僕はまだ大人じゃないんで・・修行中の身ですから」
吉久「うん、だから?」
アトム「(深刻そうに)十年前・・僕はですね・・」
吉久「うん」
アトム「十年前、僕は・・・一歳でした」
吉久「・・・あたりまえだろ」
アトム「僕が一歳の頃、そんなことがあったんですね・・」
吉久「そうだよ・・」
アトム「また・・起きるのかな、そういうこと」
吉久「起きない・・とは言い切れないからね・・こればっかりは」
アトム「その時、どうすればいいのかな」
吉久「避難するんだ・・みんなで体育館に集まって、こうやって寝るんだよ」
アトム「そうだよな・・その時は、こうなるんだ・・今みたいになるんだ・・みんなで体育館に泊まるんだ・・高い天井を見ながら寝るんだ」
吉久「こうやって、一度、ウソでも体験してみればね、その時、なにをすればいいのか、なにが必要なのか、どんな気持ちなのか・・わかるだろう・・」
アトム「うん・・なんとなく、どういうことなのかはわかってきました」
吉久「わかれば、少しは不安がなくなる・・どうすればいいか、どうなるのか、わからないのが一番怖いからね・・知っておくこと・・それが大事なんだよ」
アトム「うん・・・」
  と、吉久、リュックから任天堂DSを取り出す。
アトム「あ! なに! 先生、なんだよそれ!」
吉久「DS・・任天堂、DSだよ・・宇多田がやってるあれだよ」
アトム「宇多田はいいんだよ・・なんだよそれ、だって・・だってさ、おもちゃは持って来ちゃダメだって・・」
吉久「うん・・・」
アトム「マンガとかオモチャは禁止だって・・」
吉久「先生はいいんだよ・・体育館に泊まるってのがどういうことか知ってるからね・・・こういう時は、ウノよりもトランプよりも、ゲームボーイが一番いいんだよ」
アトム「なんだよ、それ!」
吉久「だって、アトムがほら、もう話をして間を持たせてくれないからさ」
アトム「話す、話す、話しますよ・・だからちょっとゲームボーイとかしないで、向き合いましょうよ、せっかく二人でいるのに・・あまりにも淋しいじゃありませんか・・」
  と、吉久、DSを傍らに置いて。
吉久「よし、じゃあ、なんの話しようか・・もっと地震の話、しようか」
アトム「あ、いや、地震の話はもういいです・・暗くなります、体育館で聞く話じゃないですよ・・」
吉久「そうか、そうかもな」
アトム「なんか・・そう、明るい歌を歌うとかね・・」
吉久「明るい歌」
アトム「そう、明るい歌です」
吉久「明るい歌ってどんな歌?」
アトム「先生、なんかリクエストしてください、一曲、僕が歌いまっせ!」
吉久「なんでもいいの?」
アトム「はい、だいたいなんでも歌えますから」
吉久「大塚愛」
アトム「(嫌そうに)大塚愛ぃぃ・・・」
吉久「嫌ならいいよ、嫌なら」
アトム「あ、そ、そんなことは・・」
吉久「『さくらんぼ』」
アトム「『さくらんぼ』ぉぉ・・」
吉久「嫌なんだろう・・」
アトム「歌いますよ、歌えばいいんでしょう・・歌えば」
吉久「おまえが歌いますからリクエストって言ったんじゃねえかよ・・」
アトム「まあ、そうなんですけど」
吉久「なに泣きそうな顔になってるんだよ」
アトム「大塚愛・・ちょっと苦手なんです」
吉久「いいよ、だから」
アトム「なんか他には・・」
吉久「アトムの好きな歌でいいよ」
アトム「ん・・」
吉久「歌わないの? 歌わないなら、俺、DSやるよ・・」
アトム「DSしちゃダメです。DSはダメ、人が側にいる時は人とね、あれしましょうよ」
吉久「あれってなんだよ、あれって」
アトム「なんだろう、なにがいいかな、なにがいいかな・・」
吉久「今、歌いたいの・・」
アトム「今・・今は・・そうね・・帰る歌・・」
吉久「帰る歌?」
アトム「家に帰る歌・・ん・・『歩いて帰ろう』・・とか」
吉久「どういうの?」
  と、歌い出すアトム。
吉久「最初で最後であって欲しいね。こんな寒い体育館に、みんなで身を寄せ合って眠る夜は。・・ウソで泊まった体育館の経験が、最初で最後であればと思うよ。高い天井の下で、みんなが不安に押しつぶされる、あんなことは二度とごめんだ・・」
  そして、吉久先生も『歩いて帰ろう』を一緒に歌い出す。
  暗転。

●各話タイトル 『体育館に泊まろう』

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