第八十二話  『この世をバラ色に染めよう』
  アトムの家。
  TVで『ロッキーホラーショー』を見ているアトム。
  『ダブルフィーチャー』を歌っている。
  その後ろを通りかかる太一。
  アトムの後ろ姿をしばらく見ているが、やがて。
太一「また『ロッキーホラーショー』見てる」
アトム「今日は初めてだよ」
太一「これは・・なにがいいの?」
アトム「わかんないの? この良さが・・」
太一「わかんない」
  と、言いながらTV消してしまう。
アトム「あ!」
太一「止めていい?」
アトム「止めていいって、止めてるじゃない」
太一「これ、禁止」
アトム「なんで?」
太一「教育上よろしくありません。お母さんが実家帰ってる間は、お父さんがお父さんですからね」
アトム「なに言ってんの?」
太一「どうするのよ、アトムは。お母さんが今度、実家から帰って来る時は、弟か妹と一緒なんだよ。アトムはお兄さんになるんだよ」
アトム「お兄さんか・・」
太一「かわいいぞお、赤ちゃんは」
アトム「ん・・・憂鬱」
太一「なんで? なにが憂鬱なの?」
アトム「なんか、望んでいない責任感の重圧っての?」
太一「望んでないってどういうことよ」
アトム「いや、そりゃあねえ、弟とか妹とかいたらいいなって思ったりもするけどさあ」
太一「ほらあ、ほらあ・・ほら、そうでしょ」
アトム「うん」
太一「ね」
アトム「うん・・大きくなったら、一緒に『ロッキーホラー』見たり、できるんだね」
太一「だから、これはダメだって」
アトム「お父さん、あんまかわんないじゃん」
太一「こんなの小学生が見る物じゃありません」
アトム「じゃあ、なにがダメなの? ダメなポイントを言って?」
太一「なにがいいの? なにがいいかのポイントを言って」
アトム「赤いのがちらちらしているとこ」
太一「なにそれ」
アトム「わかったの、最近、自分は赤い色を好む人間なんだって」
太一「それ、危なくない? 危ないよ」
アトム「危ないって、自分の子供に危ないって言っちゃダメでしょ、親が・・あのね、お父さん、親って言うのはね、最後の最後まで子供のね、味方っていうかね・・」
太一「そういえば・・こないだ『バトルロワイヤル』を読んでたでしょ」
アトム「うん・・なかなか興味深い内容だったよ」
太一「どうしたの、あれは。あんな物を買うためにお年玉とかお小遣いとかあげてるわけじゃないのよ」
アトム「買ったんじゃないよ」
太一「じゃあ、どうしたのよ?」
アトム「阿部君がね、燃えるゴミの日に拾ったんだよ」
太一「それはあれでしょ、誰かが捨てたもんでしょ」
アトム「それで、阿部君がみんなもどうぞって、学級文庫に寄贈したの」
太一「阿部君、ろくな事しないなあ・・それはさあ」
アトム「なに?」
太一「先生はなにも言わないの? 学級文庫にいつの間にか『バトルロワイヤル』があってさ、みんなで回し読みしててさあ。道徳の時間とかあるんでしょ、一応」
アトム「道徳の時間? あるよ」
太一「なにやってるの? 道徳の時間は?」
アトム「(あ、そうだ!)道徳の時間」
太一「そう、道徳の時間」
アトム「お父さん、プリント読んだ?」
  と、そのプリントを取りに行く。
太一「なに? プリントって」
アトム「(袖から声だけ)先生からの・・プリント」
  と、そのプリントを持ってくる。
アトム「プリントとかちゃんと読んどいてよね」
太一「それはお母さんの仕事じゃない」
アトム「お母さん実家なんだから、お父さんが読むしかないでしょう」
太一「(と、読む)なにこれ・・『父親参観日』」
アトム「そう、今度の日曜日ね。朝九時半、二時間目から三時間目まで、授業参観だからね」
太一「授業参観・・」
アトム「そう。来てね、日曜日、空いてるでしょ」
太一「日曜日は空いてるけど」
アトム「来てね」
太一「行けないよ」
アトム「来てよ」
太一「行けないよ」
アトム「なんで、来てよ、来て、来て、来てよ」
太一「これだけは行けないよ」
アトム「どうして?」
太一「だって、お父さんの授業参観でしょ?」
アトム「そだよ・・来てよ」
太一「お父さんがどこにいるのよ」
アトム「お父さん、ここにいるじゃない」
太一「ダメだよ。だって、こんな、こんなお父さんなんだよ、アトムのお父さんは」
アトム「今さら、なに言ってんの?」
太一「こんな、こんなだよ」
アトム「知ってるよ」
太一「マズイでしょ」
アトム「なにがマズイの?」
太一「こんなお父さんがどこにいるのよ」
アトム「ここにいるじゃない」
太一「そりゃここにいるかもしれないけど、でも、どこにもいないよ、こんなお父さんは」
アトム「ここにいるって。お父さんはここにいるでしょ」
太一「いる」
アトム「いるじゃない、ボクのお父さんがここに」
太一「いるけど」
アトム「いるでしょ」
太一「いるけど、ありえないよ」
アトム「なんだよ、ありえないって!」
太一「よそのお父さんとはひと味ちがうじゃない」
アトム「ちがうねえ」
太一「行けないじゃない」
アトム「いいじゃん、今ね、少子化だから、子供の数少ないの。子供かわいがってるんだから、みんな・・デジカメとか持ってみんな来るんだよ」
太一「みんな来るの?」
アトム「みんな来るよ。だからお父さんも来てよ」
太一「こんな髪の毛長いお父さんだよ?」
アトム「まずいの?」
太一「まずいでしょ」
アトム「じゃあ、髪の毛、切る」
太一「なんて事言うの? お父さんの髪はねえ」
アトム「命なんでしょ」
太一「そうよ」
アトム「じゃあ、切らなくていいじゃん」
太一「でも、こんな長い髪してたら、バンドの人みたいじゃん」
アトム「あ、それでいいじゃん、お父さんバンドやってるんですって」
太一「バンド? ミュージシャン?」
アトム「そう、それでいいじゃん」
太一「なんのバンド?」
アトム「ん・・ミスチル」
太一「ミスチルにお父さんみたいなのいたっけ?」
アトム「いるってことでさあ」
太一「自信ないなあ・・ミスチルは」
アトム「じゃあ、おだんごにしてさあ」
太一「おだんごにしてるお父さんはいないでしょう。そんなの中華街のポスターだよ」
アトム「ん・・・ムリか」
太一「ムリだよ」
アトム「ムリかなあ・・」
太一「アトム、授業参観の次の日から、みんなにイジメられちゃうよ」
アトム「なんで?」
太一「お父さん、女だって」
アトム「だって、そいうなんだから、しょうがないじゃない。もっとさあ、現実を現実としてとらえていこうよ」
太一「そりゃ、こっちはそう思ってても、向こうはさ、常識で来るからさあ」
アトム「常識ってなんだよ」
太一「常識は常識よ。お父さんは男っていうのが常識」
アトム「お父さん女だからなあ」
太一「それが現実」
アトム「現実対常識か」
太一「そうそう・・ああ、お父さんのせいで、アトムがいじめられたりしたらどうなの?」
アトム「みんな、いい奴らだよ」
太一「行けないよ」
アトム「来てよ」
太一「お父さん、そんな授業参観とか行けない」
アトム「来てよ」
太一「行けない・・行きたくないもん」
アトム「それが親のつとめってもんでしょ」
太一「親のつとめぇ」
アトム「親のつとめ!」
太一「阿部君のお父さんに挨拶したりしなきゃなんないのかなあ。お宅のお子さんが燃えるゴミ置き場から拾ってきた『バトルロワイヤル』うちの子が熟読してます、とか」
アトム「阿部君のお父さんは・・・いないよ」
太一「おお、クラスメートのふれてはいけない話題に・・」
アトム「阿部君のお父さんはいないから来れないの、でも、ボクのお父さんはいるから来るの」
太一「阿部君ちは、じゃあ、誰も来ないのか」
アトム「おじいちゃんが来るって」
太一「おじいちゃん? おじいちゃんに私会うの?」
アトム「まあ、そうかなあ」
太一「ますます・・なんて言ったらいいか・・おじいちゃん、びっくりして死んじゃうんじゃないの?」
アトム「死なないよ」
太一「道徳の時間によ、、こういう人が、お父さんですって・・死んじゃうよ」
アトム「道徳の時間に人は死なないよ」
太一「ええ・・でも、化粧しないで行くわけでしょ」
アトム「お化粧もすればいいじゃない、いつもみたいに」
太一「しゃべり方だって、男の人みたいにしゃべらなきゃなんないんでしょ」
アトム「普通にしゃべればいいじゃない、いつもみたいに」
太一「帰りに飲みに行きましょうとか言われたらいどうするの?」
アトム「行かなきゃいいじゃない」
太一「そうもいかないでしょ、男の社会ってのは」
アトム「なんでいいよ、いかなくても」
太一「つきあいってのがあるじゃない」
アトム「いいよ、つきあわなくてもいいなじゃい」
太一「お母さんに電話して相談してみようか」
アトム「お母さん、出産で大変なんだから、これ以上、負担をかけちゃだめだよ」
太一「だいたいさあ・・・」
アトム「なに?」
太一「なにを着ていったらいいの・」
アトム「スーツ」
太一「でも、日曜日なんでしょ」
アトム「ジャージ・・・」
太一「ジャージ?」
アトム「リラックスした感じで」
太一「ふらっと子供の授業参観に来てみましたって?」
アトム「ジャージ」
太一「いやあ! ジャージなんか、着れない・・」
アトム「どうして?」
太一「私の美学がそんなの許さない」
アトム「びばくってなに? びばくって」
太一「びばくじゃないの、美学・・びばくってなによ、美学ってのはね、ジャージなんか着れませんてこと・・一番似合わないよ、ジャージなんか」
アトム「他の男の服は?」
太一「処分したからねえ」
アトム「なんで処分しちゃったの?」
太一「けじめよ」
アトム「けじめ? なんの?」
太一「生き方のけじめとして、さ。もう、そういう男の服とはおさらばしようと・・」
アトム「あちゃあ・・いつの間にか、とんでもないことに」
太一「あ、そうだ!」
アトム「なに?」
太一「お母さんのふりして行こうか」
アトム「お母さんいるじゃない」
太一「ん・・・それを言われちゃうとねえ」
アトム「ボクの弟か妹かが生まれたら、帰ってくるんだよ」
太一「そうだよねえ」
アトム「だいたい、作文、もう提出しちゃったもん」
太一「作文?」
アトム「九時半からの二時間目は道徳の時間、三時間目は国語の時間、作文を読むの。『ボクのお父さん』って題の作文」
太一「それをもう書いちゃったの?」
アトム「うん、それで提出しちゃった」
太一「ちなみに、アトムはなんて書いたの? お父さんのことなんて書いた?」
アトム「うちのお父さんは・・・」
太一「うん」
アトム「キレイですって」
太一「キレイ?」
アトム「キレイじゃない」
太一「どうキレイなの?」
アトム「小学生のボクが見ても、ドキリとするくらい・・」
太一「アトム・・お父さん、それ、ちょっとうれしい」
アトム「な、なに本気で喜んでるの?」
太一「うれしいじゃない、人にキレイって言われるのは、さあ」
アトム「うちはいつもハロウィンのようです」
太一「なに? ハロウィンって」
アトム「毎日がハロウィンの我が家は、なにが起きても不思議ではないし、なにが起きても許されるのです」
太一「な、なるほどぉ・・」
アトム「オレンジ色のカボチャが似合う家です」
太一「んで、それから? 後は? 後はなに? 他になにを書いたの?」
アトム「後はねえ・・そんなキレイなお父さんは、他の家のお父さんとはちょっとちがいます」
太一「う、うん、そうだよね」
アトム「(確認)ちがうでしょ、ちがうよねえ」
太一「うん」
アトム「うちにはお父さんとお母さんがいるというよりも、お母さんが二人いるという感じです。二人のお母さんは、とても仲が良くて、夜中まで、きゃあきゃあ騒いで、うるさくて眠れない夜もあったりします(確認)あるよね」
太一「ごめんねー、ホントごめんねー。なるべく静かにしようってお母さんと行ってるんだけどねえ・・ついつい二人で盛り上がっちゃって・・・」
アトム「(作文)うちみたいに、お父さんとお母さんがそんなふうに女の子同士のようにきゃあきゃあ言っているような家はあんまりないと思います。そんなふうにお母さんがきゃあきゃあ笑い、お父さんがきゃあきゃあ笑っている家は、サイコーではないかと、ボクは思います、ハッピーとはこのことではないかとボクは思います。だから、ボクはそんなふうな女の子みたいなお父さんで、女の子みたいなお父さんだから良かったと思います」
太一「アトムぅ・・そんな・・そんな教室で『減点パパ』みたいな作文読まれたら、お父さん、泣いちゃう・・泣いちゃうもん、そんなの。お父さんほら、女の子だからさあ、みんなの前でも、平気でわんわん泣いちゃうからさあ」
アトム「ね、いいから来なよ」
太一「・・ん・・でも」
アトム「なんでそんなに女々しいんだよ」
太一「女々しいよ・・そりゃあ・・女々しくなかったらお父さんじゃないでしょう?」
アトム「(作文の続き)ボクのお父さんについての作文の途中ではありますが、ここで一曲、ボクの大好きな『ロッキーホラーショー』の映画のナンバーを歌いたいと思います」
  と、アトム、立ち上がって咳払いとか始める。
太一「え? なに? ちょっと待って、国語の時間なんじゃないの?」
  アトム、関係なく歌い出す。
アトム「ボクをごらんよ、生まれて七時間
きれいな筋肉は、欲望の固まり
みんなに与えよう、このオルガズム
この世をバラ色に染めよう」
太一「だから、こら、小学生!」
アトム「どうしよう、ヘルプミーマミー
いい子になるから、悪夢を消して
変だよ
感じちゃう
ああ、もうダメ
またイキそう!
初めて知ったわ、愛を
私は自由よ、欲望の虜
押さえつけてた、心が羽ばたく
もう一人の私
目覚めたのよ・・・

今はいずこベイビー
憧れのスター
白く煌めく、サテンのドレス
私も着てみたかった
快楽に身をまかせて
浸りきるの、喜びに
淫らな欲望こそが、
この人生のすべてなの
わかるでしょう?

夢見てないで、夢になるの
夢見てないで、夢になるの
夢見てないで、夢になるの
夢見てないで、夢になるの
夢見てないで、夢になるの
夢見てないで、夢になるの
夢見てないで、夢になるの
夢見てないで、夢になるの・・・」
  そして、アトム、太一に続きを促して、歌わせる。
太一「夢見てないで、夢になるの・・」
  そして、続けてアトムも歌い出す。
アトム・太一「夢見てないで、夢になるの
夢見てないで、夢になるの
夢見てないで、夢になるの」
  そして、
アトム「・・日曜日、父親参観日」
  太一、二度三度、頷いた。
アトム・太一「私は毒蜂!
ずぶりと一突き
心も血も騒ぎ、歌い出すよ
ロックンロール
しびれながら歌おう
命尽き果てるまで
この世をバラ色に染めよう
この世をバラ色に染めよう
この世をバラ色に染めよう
この世をバラ色に染めよう」
アトム「(叫ぶ)日曜日!
 父親参観日!」
太一「(叫ぶ)なに着て行こうか!」
  二人、身を翻した。
  カットオフ。
  暗転。